論文紹介

弁理士 江藤聡明が、「発明の本質」に関連してこれまでに作製してきました論文をご紹介させて頂きます。

発明の本質に関する4部作

第2部(2002年)

【均等論の適用にあたっての第1要件(本質的部分)について】

(日本弁理士会 中央知財研 H14年研究報告第11号掲載)
弁理士 江藤 聡明

1.本質的部分の意義

1-1.はじめに

一般法理として均等論を肯定したとされる1)最高裁判所の「無限習動用ボールスプライン軸受事件(平成10年2月24日判決)2)の判決において、「均等論」適用にあたっての第1番目の要件として「異なる部分が本質的部分でないこと」があげられた。
この第1要件の判断にあたっては、特許発明の本質的部分が何であるのかを把握することとなるが、まさにこの本質的部分の把握こそが特許権の権利範囲(均等を含めて)を画定するにあたっての最重要事項と言っても過言ではない。そもそも特許発明に対して、対象製品等がその特許発明の本質的部分を取り入れているからこそ技術的範囲に含まれるか否かが問題となるのである。
すなわち、特許請求の範囲の欄に権利付与を求める対象として記載され、且つ明細書にその内容が開示された発明に対して、特許性の審査を行い独占権を与えて保護せんとする特許法の発明保護の条件からして、特許発明の本質を取り入れていないような対象物や対象方法にまでその特許権の効力を及ぼすことは、特許法の趣旨にも反するからである。
では、この権利範囲の判断に当たっての重要な事項である「本質的部分」がどの様な要素に基づき、どの様な理念の下に画定されるべきものであるのか、これについて以下に検討する。

1-2.下級審判決例での定義

上記最高裁判所の判決の後、下級審において均等が問題になった際に、上記第1の要件、すなわち、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる

1) 最高裁判所判例解説「法曹時報第五十三巻第六号登載分」三村量一著、第172頁
2)「無限習動用ボールスプライン軸受事件(平成10年2月24日最高裁判所判決、最高裁平六(オ)1083号)

部分が特許発明の本質的部分でないこと、という要件が検討された際に、その定義が下記のようになされている。
「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、」(東京地裁12.3.23)3)
「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分、」(大阪地裁H11.5.27)4)(大阪高裁も同様)5) 
また、上記各判決で共通する定義部分は、「換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。」というものである。
上記各判決で示された共通する定義部分では、「本質的部分」の普遍的な意義が示されている。すなわち、特許発明である技術思想と対象製品等との対比の中で、対象製品等がその「部分」(思想)を用いていなければ、その対象製品等はそもそも侵害品にはなり得ないと言える特許発明の重要要素が「本質的部分」ということである。
また、本質的「部分」という表現が用いられているが、この意味は、必ずしも特許発明の構成要素の一部分と言うことではない。本質的部分は少なくとも特許発明を特許発明として成り立たせている技術思想でなければならず、それ自体で従来技術が有する課題を解決しうる技術思想でなければならない。特許請求の範囲に記載された技術思想の中核ではあるが、それは従来技術と異なっている部分のみを指すものではない。
すなわち、本質的部分は、特許請求の範囲に記載された発明の構成要件の全てを含むものとして画定される場合(特許請求の範囲の記載がその特許発明の中核と一致している場合)もあろうし、或いは、特許請求の範囲に記載された構成からある部分を除外して抽出されるその発明の中核の思想を意味する場合もある。

3) 「生海苔異物除去装置事件」東京地裁平成10(ワ)11453号事件判決(東京地裁12.3.23)
4)「ペン型注射器事件」大阪地裁平成8(ワ)12220号(大阪地裁H11.5.27)
5)「ペン型注射器事件」大阪高裁平成11(ネ)2198号(大阪高裁H13. 4.19)

「本質的部分」は、一般的、抽象的な検討ではなかなかその意味を捉え難く、まず具体的な例を用いて検討する。

2.具体例による検討

2-1.具体例として、コンタクトレンズに関する発明を用いる。実際には、コンタクトレンズの原理は16世紀初めにレオナルドダビンチが考えついたとされており、17世紀にデカルトと言う人物が具体化したとのことであるが6)、ここでは、この原理が初めて考えられたものとして検討する。

2-2.【第1例】
 

特許発明X1:コンタクトレンズ自体の発明(いわゆるパイオニア発明)

特許発明X1
対象製品等Y1
<特許請求の範囲>
・「直接眼球に接触装着して用いる視力矯正のためのガラスレンズ。」或いは
・「ガラスレンズを直接眼球に装着して行う視力矯正方法。」
プラスチック材料にて製造したレンズをコンタクトレンズとして使用している。
<従来の技術(実際の公知技術)>
・「耳や鼻に掛けるいわゆる眼鏡」のみ。
・レンズの材料としては「ガラス」のみ。
<発明の作用、効果>
・角膜とほぼ一体化されるため歪みが少ない。強い視力強制が必要な場合でも対応可能でレンズの厚く重い眼鏡から開放される。曇りがないなど。
※ガラス製であることの良さは特に記載れていない。
<実施の形態>
・ガラス製の小型レンズが開示され、厚さや大きさの例示がなされている。

6) インターネットからの情報(http://www.jutoku.com/kontakuto_index6-1.html)

2-3.【第1例】の本質的部分についての検討

この特許発明X1の「本質的部分」はどの様に画定されるか?
①まず、特許請求の範囲に記載の発明X1の構成と対象製品等Y1の構成の異なる部分はレンズの材料、すなわち、「ガラス」のレンズと「プラスチックにて製造した」レンズという点である。
  この「ガラス」という構成要素は、本件特許発明の「本質的部分」を構成する要件となるのか否か。従来、眼鏡しか存在しなかったこと及び本件特許発明が解決せんとした課題と作用を参酌すると「レンズ」が「ガラス」であるということは、不可欠の要素でなく、「本質的部分」を構成する要件ではないと解される。
では、本件発明の従来の課題に対する「解決原理」は何か、或いは特許要件を充足するために必要であった「特徴的部分」は何であるか、これらを上記各条件から検討すると、この発明X1の本質的部分は、特許請求の範囲のうち「直接眼球に接触装着して用いる視力矯正のためのレンズ」、若しくは「レンズを直接眼球に装着して行う視力矯正方法」と考えられる。すなわち、レンズを眼球に直接接触させて装着するという思想こそが本質的部分である。
  この第1要件の判断の結論として、本件特許発明X1と対象製品等Y1の相違部分は、発明X1の本質的部分ではないということになる。
②この結論の場合、「本質的部分」は、特許請求の範囲に記載された構成要件の全てを備えるものとして把握されるものではなく、「ガラス」という要件を除いた部分がその構成要件になっている。構成要件を一部除いたということで、「本質的部分」がカバーする範囲は広がっているのである。少なくとも、特許請求の範囲に記載された全ての構成要件を含む範囲よりは拡がっている。このことは、すなわち特許請求の範囲に記載された発明の中核部分が本質的部分とされていることを意味する。
③「ガラス」という限定を行ったことについて
この具体例の特許請求の範囲は、出願の当時「レンズ」といえば「ガラス」以外には存在しなかったことから、「ガラスレンズ」と書いてしまったのであるが、対象製品Y1が登場した時点で、結果としてこの記載が不必要な限定であったことが明確になったという状況がある。
したがって、上記の様な第1要件の判断結果の場合、更に第2から第5要件も充足するとされ対象製品等Y1が均等の範囲に入るものとされると、結果として「ガラス」という要件を特許請求の範囲に記載してしまった点は、救済されたことになる。この妥当性については、後述(4.)する。

2-4.【第2例】

特許発明X2:含水率の高いプラスチック製のコンタクトレンズ(ソフト)

特許発明X2 対象製品等Y2
<特許請求の範囲> 
・プラスチック材料「A」にて製造したコンタクトレンズ。
・同じくプラスチックチック製のソフトコンタクトレンズであり、吸水性を有さず、酸素透過性に優れる材料「B」によって製造したコンタクトレンズである。
  なお、「B」は「A」の下位概念に含まれるような関係にはない。
<従来の技術>
・通常の(特に含水率の高いとは言えない)プラスチック製ソフトコンタクトレンズ。
<発明の作用、効果>
・レンズが吸水性を有し含水率が高く、これまでのソフトコンタクトレンズよりも柔軟性にも優れ、装着感が良くなった。
2-5.【第2例】の本質的部分についての検討

①特許発明X2の構成と対象製品等Y2の構成の異なる部分は、それぞれのレンズの材料にある。すなわち、特許発明X2のレンズの材料はプラスチック「A」、対象製品等Y2のレンズの材料はプラスチック「B」という材料である。
このケースの場合、特許発明X2のレンズ材料「A」は、発明の本質的部分を構成する要件であるか否か。特許発明X2は、これまでのプラスチック製のソフトコンタクトレンズに対し、含水率の向上という改良を行ったものである。そして、その課題を材料の選択により達成したものであり、そのことが発明の特徴的部分である。すなわち、材料「A」により製造されたソフトコンタクトレンズこそが、従来の課題に対する「解決原理」である。
したがって、レンズの材料を度外視して、「直接眼球に接触装着して用いる視力矯正のためのソフトコンタクトレンズ」であることだけが、発明の本質的部分であると言う主張は許されず、更に「材料「A」にて製造した」と言う構成要件を加えたものが本質的部分を構成する要件である。
対象製品等Y2のレンズ材料は、非吸水性を有する「B」であり、その作用も「酸素透過性」の向上にある。したがって、両者は互いに本質的部分において相異する。したがって、その「異なる部分が特許発明X2の本質的部分でない」という第1要件は否定されたことになる。
第1要件の判断の結論として、対象製品等Y2は、特許発明X2の構成と均等ではなく技術的範囲に入らない。
②この判断においては、特許発明X2の本質的部分は、特許請求の範囲に記載の発明の構成要件と同様の構成要件により画定される範囲のものとして捉えられている。

2-6.【第1例】において技術的背景(公知技術)が異なる場合(以下【変形例】という)の考察

上記第1例において、出願時の従来の技術は、「耳や鼻に掛けるいわゆる眼鏡」のみであったが、レンズの材料としては「ガラス」だけでなく、「プラスチック」のものも知られていた場合、そのことで本質的部分の判断において結論は変わるであろうか。
「コンタクトレンズレンズ」そのものは存在していなかった状況であるから、特許発明X1が画期的なパイオニア発明であることには変わりがない。
  しかし、出願時には、レンズ材料として、既にガラスだけでなくプラスチックも選択可能であった様な状況の中で、特許請求の範囲の記載を「ガラスレンズ」としたのであるから、本質的部分の画定に当たっては、結論として「ガラス」の要件も付加されるとの判断が可能である。この判断は、もし明細書や審査過程において、眼球に直接装着する上での、「ガラスレンズ」の安全性等が述べられていれば(プラスチックとの対比としてではなくとも)、より明確に妥当するものと考えられる。

3.第1例、第2例及び上記変形例の各結論の差異について

3-1.特許発明X1とX2について

特許発明X1とX2についての特許請求の範囲の記載は、何れもレンズの材料を明示したコンタクトレンズであり、構成要件の限定のレベルについては同様である。また、対象製品等との関係においても、それぞれ対象製品等Y1とY2とは明示されたレンズの材料が異なるという点で共通している。
この様な状況で、一方(第1例)は第1要件が肯定され、他方は否定されたが、この差異はどこから生じたのか。
両特許発明は、まず、従来技術との間の差という点で大きな相違がある。発明X1は、それまで全く存在しなかった「コンタクトレンズ」という技術を最初に特許出願した画期的なものであり、いわゆるパイオニア発明と言えるものである。一方、発明X2は、既に存在していた「ソフトコンタクトレンズ」という技術分他での発明、すなわち、ある程度技術の成熟した状況での改良発明であるという点で相違している。
このように、特許発明の本質的部分は出願時において存在していたいわゆる従来技術(公知技術)との関係においてその範囲に広狭が生じると言うことである。これは、従来技術に対して画期的に飛躍した発明、例えば、直接の従来技術が存在していなかったというパイオニア発明(上記「コンタクトレンズ」の様な先駆的発明)である場合には、発明の本質的部分は、特許請求の範囲の記載よりも広い技術、すなわち、たとえある構成要件(ex.上記「ガラス」)が明示されていたとしてもその構成要件が、課題を解決するために不可欠のものではない場合、それを除外して本質的部分が画定されることがあるということである。
一方、既に存在していた技術の改良の場合、少なくとも改良部分の構成要件を除外して、本質的部分の画定をすることはできない。なぜなら、その構成は、課題を解決するために不可欠な要件だからである。したがって、上記発明X2の本質的部分の判断に当たって材質の要件を除外することができなかったのである。
上記の例では、分かり易いパイオニア発明と従来技術の改良発明との対比によって、同様のレベルで限定したクレームであっても、本質的部分の判断においてはその範囲が異なることを示したが、これは、パイオニア発明か改良発明かということで、直ちに画定されるのではなく、結局、従来技術に対して特許請求の範囲の記載がどうであるのか、その広狭によるということである。
たとえパイオニア発明であっても課題を解決するために最低必要な不可欠の構成のみをクレームアップすることができれば、その発明の本質的部分は、特許請求の範囲の構成要件全てを含むものとして画定されるであろうし、改良発明であっても結果として「限定し過ぎ」であったことが判明した場合には、ある構成要件を除外して本質的部分の画定がなされることもあると言うことである。
ただ、実際のパイオニア発明は、上記具体例のように極めて単純なものばかりではなく、むしろ複雑、高度かつ専門性の高いものもが多いと考えられ、そのような発明の場合、最初に出願する時に無用な限定を一切しないで特許請求の範囲を記載すること自体が非常に難しいであろうと考えられる。これは、従来技術に対する改良点が明確な改良発明の場合よりもより難しいであろうことは容易に想像される。その意味からもパイオニア性の高い発明の場合に、より広い本質的部分の画定がなされるべきとすることには妥当性があると考える。

3-2.【変形例】について

上記変形例の検討では、特許請求の範囲の記載は同様であっても第1例とは本質的部分の把握において異なった結論としたが、第1例の場合と相違した要素は、特許請求の範囲に記載の発明と公知技術との関係(更に、明細書の記載内容)である。すなわち、出願時には一般的レンズ材料としてプラスチックも知られていた(明細書ではガラスの安全性が述べられている)状況で、特許請求の範囲に「ガラスレンズ」の記載がなされた状況である。
公知技術と明細書全体を検討した結果、レンズがガラスであることが、この発明の特徴の1部であると他者が考えることに妥当性があれば、法的安定性確保のため「ガラス」であることが本質的部分画定のための1要件になると判断すべきものと考える。
この様に、同じくパイオニア発明であり、特許請求の範囲の記載も同様であっても、背景技術や明細書の記載や審査経過によって、発明の本質的部分の判断には影響があると考えられる。
なお、一般のレンズの材料として「プラスチック」が公知であっとしても、直接眼球に装着し得るようにするためには材質の選定など安全性の面での困難性がある様な場合には、第2要件である置換容易性も充たさない可能性がある。この場合には、たとえ「ガラス」であることが本質的部分の画定要件とされないと判断されても均等は認められないと解されるが、「プラスチック」材料の採用に困難性があった状況では、それは本質的部分の判断においても参酌されるであろうから、結局、本質的部分画定においても「ガラス」が要件とされる可能性はより高くなるであろう。

3-3.本質的部分の判断

上記具体例についての検討から理解されることは、結局、本質的部分の画定に当たっては、特許請求の範囲に明示された構成要件を除外し或いは縮小することが法的安定性の観点とのバランスからどの程度許されるのかという判断がなされなければならないと言うことである。そして、その判断においてはその発明の先駆性(パイオニア性)、更には、特許法が産業の発達を通して公共の福祉の向上を図ることを目的とする(特許法第1条)ことからも、発明の一般社会への貢献度の大きさなどが検討されべきであると考える。
しかし、パイオニア性といっても、連続的に進歩していく技術の世界では、パイオニア発明か改良発明かの差は、常に程度の差でしかなく、社会への貢献度という意味での「発明の価値」が単にパイオニア発明か改良発明かということで決められるものでもない(改良発明であっても、社会的貢献の大なるものも存在するであろう)。したがって、実際にはその判断は容易なものではないと考えられる。更に具体的には、この「本質的部分」の画定の難しさは、侵害行為が発生した時に、特許請求の範囲のある構成要件を除外して保護範囲を拡げるに足る「発明の価値」、すなわち、法的安定性を害してまで、保護すべき発明の中核が特許請求の範囲の記載の発明中に存するか否かの法的判断を行わなければならないことである。
また、この様に難しい判断であるからこそ、この本質的部分の把握が適正に行われることが、適正な権利範囲の画定につながるとも言えるのである。

4.特許請求の範囲の過誤による限定記載を均等論の適用により救済することの当否について

4-1.

特許発明の「本質的部分」を抽出し、特許請求の範囲の文言の範囲を超える均等の範囲を認めることの根拠としては、上記最高裁判決では、「出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して特許請求の範囲を記載することの困難性」や「出願後に明らかとなった物質・技術等への置き換えを許すことにより発明意欲が減殺し特許法の法目的に反し、ひいては社会正義に反し、衡平の理念にもとること」が述べられている。
この趣旨が、結果として特許請求の範囲の「限定し過ぎ」が判明した場合に、均等の適用が除外されるとするものでないことは明らかと解する。また、やむを得ない限定であったのか、単なる不注意による「限定し過ぎ」であったのかの判断は容易ではなく、後者の場合には一切、均等の適用はないとすることも実際には困難であり、その様な趣旨でもないと解される。
また、世界知的所有権機関(WIPO)の特許法条約草案でも「特許により与えられる保護範囲は、クレームにより決定される。」(第21条(1)(a))とした上で、「クレームは、特許権者に対する公正な保護と第三者に対する合理的な程度の法的安定性とを組み合わせて解釈される。特に、クレームはその文言どおりの意味に限定されてはならない。」(同項(b))という均等を肯定した規定も、その適用において、過誤による限定とそうでない場合とを区別するという趣旨に捉えることはできない。

4-2.

また、均等の範囲は、特許請求の範囲の文言から直接的に画定される範囲を超えたところに存するものであり、その範囲が問題になっていると言うことは、特許請求の範囲の記載には、少なくとも結果として「限定し過ぎ」という状況が生じているものでもある。
例えば、ある画期的な「装置発明」の特許請求の範囲に1つの構成要件として記載された「真空管」という要素が、出願後に発明された「トランジスタ」に置き換えられた場合、出願時には増幅機能を有する部材としては「真空管」のみしか存在しなかったのであるから記載ミスはなかったとも言える。また、「レンズ」と言えば「ガラス」で製造するものとしか考えられなかった時代に「ガラスレンズ」と記載してしまったことが果たして過誤によると言えるのか、困難な判断となる。両者とも、侵害が問題となったときには、「増幅手段」という機能的記載をすべきであったとか、「レンズ」とのみ記載していれば良かったとする限定しすぎの指摘、すなわち、積極的な限定であり、本質的部分の画定に当たりその要件を除外すべきでないとの主張を行うことも可能である。何れにせよ、その限定が出願時においてやむを得ない範囲のことであったのか、単なる不注意の範囲の事項なのか実際には容易な判断ではなく、且つ程度の問題である。
結局、過誤による限定が均等論の適用によって救済されるか否かは、やはり本質的部分の判断が的確に行われることで結論づけられるものであろう。単なる過誤による限定である場合に均等の適用は一切ないというものでもないし、過誤によることで、均等の適用上不利になることがないとも言えない。
すなわち、侵害が生じた時点で、結果として「限定し過ぎ」が判明したときにこれを「本質的部分」の判断において、その「構成要件」を除外して本質的部分の画定を行うべきか否か、これが発明の価値や法的安定性の検討等を行うことによる適正な法的判断として行われることが重要なのである。

5.本質的部分が特許請求の範囲に記載の構成要件全てを含むものとして画定された場合の均等の範囲について

上記のような限定し過ぎが全くない場合、すなわち、発明が従来技術との関係で、最大広く捉えられ無用な限定なく特許請求の範囲の構成要件が記載された場合、すなわち、課題を解決するための最低必要な構成要件のみが記載されている場合、本質的部分の画定はどのようになされるであろうか。この場合は、何れの構成要件を除外しても発明が特許発明として成り立たない状況であるから、特許請求の範囲の記載要件全てが「本質的部分」を画定する要件とされるものである。したがって、この様な場合、文言侵害のみを考慮すれば、特許発明の適正な保護が図られるのであり、そもそも均等論の適用は不要であると考える。
例えば、上記【第2例】のように、特許請求の範囲の構成要件全てがそのまま本質的部分の構成要件と考えられる場合、これは、無用な限定なく発明がクレームアップされている場合である。【第1例】でも「ガラス」と記載せず「レンズ」とだけ記載していれば同様である。
この様な場合、特許発明と対象製品等の相違点が本質的部分ではないとして第1要件充足と判断されたとき(すなわち、本質的部分が共通しているとき)には、対象製品等は特許請求の範囲の構成要件を全て含んでいるということになる。したがって、この様な場合は、対象製品は特許請求の範囲の文言の範囲に含まれるもので、いわゆる文言の範囲より広い技術的範囲についての検討という均等の問題ではないのである。
上記【第2例】を用いて具体例を示すと、特許発明X2(「プラスチック材料「A」にて製造したコンタクトレンズ」)に対し、例えば、対象製品等Y3が「プラスチック材料「A」から成り、且つレンズの外周部が眼球を傷つけないような特殊な形状を有している」というような場合である。
この対象製品等Y3は、特許発明X2の構成要件を全てをそっくり取り込んだ発明であり、その上で新たな価値部分を付加したという発明、すなわち、特許発明X2の「利用発明」に当たるものである。そして、この例は、結局、均等の問題ではなく、文言侵害の範囲の問題として解決される(技術的範囲に入るとされるべき)ものなのである。
であるにも関わらず、両者の相違点であるレンズの外周部の形状という構成について、均等の5要件を判断すると誤った判断結果を招くおそれがあると考えられる。
すなわち、まず、上述のように両者の相異する部分「外周部が眼球を傷つけないような特殊な形状とされた」は、特許発明X2の本質的部分ではないと判断され、置換可能性も材料「A」を使用する以上肯定されるであろう。しかし、置換容易性に関して、利用発明として進歩性の認められた特徴部分であることを以て、「レンズの外周部の形状」の採用には困難性があるとして、第3要件を否定するような判断がなされるとすれば大きな誤りとなる。そもそも文言侵害に当たる行為が、均等にも入らないと言う判断になるからである。
このことから、均等論の適用は、少なくとも特許発明の「本質的部分」の判断において、特許請求の範囲の記載の構成要件よりも構成要件が緩和(除外)されたものとして捉えられた場合でなければならないと考えられるのである。換言すれば、特許請求の範囲に記載の構成要件のどこかが置換されて(相異して)いて初めて、文言の範囲を超えた均等の問題となるのである。
上述のような、特許請求の範囲の記載要件以外の要素が相異している場合にまで、この5要件の判断を行うことは、上記最高裁判所で示された均等の判断要件を適用すべき場合ではない。

6.他の4要件との関連

6-1.他の4要件との関連における第1要件(本質的部分)の意義

第1から第5要件は、and条件であり、何れかが充足されなければ均等論の適用は認められない。したがって、他の4要件の判断においてはその充足性が認められるとされる場合でも、第1要件を充足しない場合、すなわち、相異する部分が本質的部分である場合、均等の適用はない。しかし、実際にこのような場合があるのであろうか。この様な場合がないのであれば、実際上は第1要件は、重要ではなく、他の4要件の検討だけでも足りるということになる。以下に検討する。

6-2.第2要件(置換可能性)、第3要件(置換容易性)との関係における考察

置換可能性、置換容易性の要件に関しては、上記【第2例】の発明X2を用いて考えると、対象製品等Y4が「C」という材料で作成したソフトコンタクトレンズ」であり、材料「C」は、「A」と同程度の含水率を有するだけでなくだけでなく、酸素透過性をも有している場合どうであろうか。
侵害行為時においては、「C」というプラスチック材料が「A」と同程度の含水性を有することが知られていたという状況では、第2、第3要件は充足するものと考えられる。しかし、上述のように、特許発明X2は、材料「A」を用いると言うことが特徴なのであり、それは本質的部分の構成要件から除外することはできない。したがって、対象製品等Y4は、第1要件を充たさず、均等論の適用が排除される。この様に、第1要件の判断は、置換容易性の判断時期が侵害時となり、これにより均等論の適用範囲が広がりすぎるのを防ぐ役割を有すると言える(第1要件の均等の拡がりに対する抑制機能)。
なお、ここで、逆に第1要件を充足する場合の第3要件との関係について、検討しておく。前掲の「最高裁判所判例解説」によれば、「本質的部分に関する要件は、従来、『技術思想の同一性』あるいは『解決原理の素同一性』として説明されていたもの」7)とされ、更に、「本判決が本要件について、特許発明の「本質的部分」という表現を用いたのは、『技術思想を同一と評価するというのは均等を認めることと同義であり、均等の要件として技術思想の同一性を挙げるのではトートーロジー(同義反復)となる』旨の批判を意識して、あえて「技術思想の同一性」という表現を避けたためと思われる」と述べられている8)。
この様に本質的部分の共通性を技術思想の同一性と捉えた場合、適正な判断により両者の相異部分が本質的部分でない(第1要件充足)と判断されると、第2要件(置換可能性)や第3要件(置換容易性)も同時に充足しているとも考えられる。
しかし、上記【第1例】において、コンタクトレンズとして「プラスチック材料」を使用することが、単なる転用ではなく、その安全性確保の点で多くの試行錯誤がなされてようやく採用されたもので、それによりコンタクトレンズを大きく変えたという様な場合には、第1要件は充足しても置換容易でないとされる可能性がありうるであろう。
ただ、この様な場合にも、特許発明の本質的部分の判断でもそのような技術分野の背景を考慮されるべきであるから、結局、「ガラス」も本質的部分の画定要件になるので、第1要件自体も充足しないことになるとも言える。

7) 脚注1)の「最高裁判所判例解説」第194頁第1行~第2行
8) 脚注1)の「最高裁判所判例解説」第195頁第17行~第196頁第1

しかし、プラスチックをコンタクトレンズ材料として用いることの困難性如何の問題は、やはり、本質的部分の判断とは別個に第3要件の判断事項として論じる方が判断の明確性が保てると解され、第1要件充足の判断の後に、第3要件を別途判断する意義は存すると考える。

 
6-3.第5要件(禁反言等の不存在)との関係

上述の【変形例】を用いて述べると、出願時にレンズの材料としてガラスだけでなくプラスチックも選択可能であった状況で、明細書や審査過程において、眼球に直接装着する上で、「ガラスレンズ」の安全性等が述べられていれば、本質的部分の画定の上では、「ガラス」も要件になるとの判断がなされると考えられる。したがって、「ガラスのコンタクトレンズ」と「プラスチックのコンタクトレンズ」では本質的部分において相異することになる。この様な場合に、上記のようにガラスの安全性を述べただけでは、プラスチック材料を意識的に除外したことにはならないと判断され、第5要件は充足するものとされた場合、第1要件によって均等論の適用が制限されることになる。

7.本第1要件の主張立証責任と判断の順番

7-1.

第1要件についての主張立証責任は特許権者側が負担するものと解される。上記最高裁判所判決において、第1要件は「右部分が特許発明の本質的部分ではないこと」であり、この表現からも相異部分が本質的部分ではない旨を主張立証すべき者は特許権者である考えられる。

7-2.

本第1要件が技術思想の同一性の判断であるとすると、第1要件として挙げられてはいるが、その判断を必ずしも他の要件よりも先んじて行う必要はないと考えられる。第2要件と併せて、或いは他の要件を検討した後、総合的判断として第1要件の判断を行うとの考えも存する。
特に、第2要件の判断とは密接な関係がある。第1要件を充足する場合、すなわち、その部分が置換されたことによっても本質的部分は変わっていない場合は、同一の作用効果を奏する状況での置換となり、置換可能性は充足されるという関係にあると考えられる。
しかし、この様な場合でも、第1要件の判断の一部である特許発明の本質的部分が何であるかの把握は、他の要件の判断を行う上でも必要なことであり、先立って行われるべきものと考える。すなわち、特許発明の本質が何であるかが画定されない状況では、事実上、置換可能性や容易性や禁反言などの他の要件の判断を行うことは困難と思われ、また、上述のように、特許請求の範囲の記載要件と本質的部分を構成するべき要件とが一致する場合には均等の問題は生じないと考えられることからもまず本質的部分を把握することは、権利侵害の判断の当初に行われるべきものと考える。

8.むすび

以上検討してきたように、第1要件の判断では、特許請求の範囲の記載自体、明細書の詳細な説明の記載、公知技術及び出願経過、更には、出願前の周辺技術に基づき「本質的部分」を抽出することが行われる。したがって、特許請求の範囲の記載についてある限定要件が存在していても、特許請求の範囲の記載からの中核となる思想が抽出されることにより、その限定事項が除外されることがあるのであり、これは、権利範囲を文言の範囲から均等の範囲へ広げる第一歩と言うことができる。
しかし、その一方で、この第1要件の判断は、均等論の適用が安易に広がりすぎることを抑制する機能を有していることも上述の通りである。したがって、権利範囲の画定において、その拡張と抑制という両側面の機能を有する本質的部分についての判断は非常に重要な事項であり、この判断が法的安定性と発明の価値の保護との良好なバランスの下に行われることによって、はじめて適正な節度ある権利範囲、均等の範囲の画定が行われるものと考える。
なお、以上述べた事項は、筆者が本質的部分の検討部会で検討したことに基づいて行った考察として述べたもので、全て検討部会で議論された事項ということではなく、筆者の私見を含むものであることお断りしておく。

以上

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