論文紹介

弁理士 江藤聡明が、「発明の本質」に関連してこれまでに作製してきました論文をご紹介させて頂きます。

発明の本質に関する4部作

第4部(2006年)

【特許請求の範囲の記載の仕方と寄与率と損害額】

<損害額算定の基礎、クレーム記載の発明の本質、寄与率の相関関係>
2006年9月4日脱稿
弁理士 江藤聡明

Ⅰ.はじめに

特許請求の範囲(以下、「クレームと称する」)の記載については、技術思想をどの程度広く記載するかというクレームの技術的範囲の広狭の観点の他に、発明の特徴的部分に対してクレーム記載の対象範囲をどの程度の大きさに設定するかの観点がある(以下、それぞれ「クレ-ムの広狭」と「クレーム対象範囲の大小」と称する)。
前者の「クレ-ムの広狭」の点は、広げる方向に関しては、従来技術及び特許要件(新規性や進歩性)との関係で必要的に制約されるので、任意の設定が許されるわけではない。そして、権利化後、その記載の広狭は、権利範囲の広狭の問題となって現れる。
一方、「クレーム対象範囲の大小」は、例えば、発明の本質的な部分が、噴射装置の一部の構成要素であるノズルの内部構造にある場合、クレームの対象範囲を「ノズル」、「~用ノズル」、「噴射装置」、「~用噴射装置」、「噴射システム」等、部品からシステムまでのどの大きさで記載するかの問題である。
このクレームの対象範囲の大小の設定は、基本的には出願人が任意に決定できる事項である。例えば、ノズル部分に特許要件を充たす構成が存すると判断した場合、「ノズル」(部品レベル)でクレームを記載するか、それを一部の構成とする「噴射装置」(装置レベル)とするかの点である。そして、その決定されたクレーム範囲の大・小の相違は、権利化後、何に影響を与えるのか。
例えば、この対象範囲の大小の差が、損害額の計算において額の差として現れる可能性はあるか?。すなわち、できるだけ「大きな対象」で書いておいた方が、より高額の損害賠償を得るという話が成り立つのか?。一方、大きな対象でクレームを記載した場合、他者による(特徴部分を含む)一部分のみの製造に対しては、直接侵害が成立せず間接侵害として権利行使しなければならないという不利も予想される。
この点は、請求項の数にこだわらず出願を行って良い場合は、全ての大きさの対象範囲について(「部品」から「システム」まで)請求項を記載しておけば問題はないが、費用等の関係で請求項の数に制限を受けることも多い。
以下に、クレームの対象範囲の大小の設定と特許法第102条における損害額推定の関係について検討する。

Ⅱ.検討

1.(1)特許法第102条1項に関して

(イ)同項では、「侵害の行為を組成した物」の譲渡数量が算定の要素となされている。ここで「侵害の行為を組成した物」とは何か?。クレームに記載された発明の構成を含む「物」であることは間違いないが、クレームに記載された対象範囲が小さい場合、例えば、「部品」の場合であって、販売されている物がその「部品」を含む装置の場合、「侵害の行為を組成した物」は、装置なのか部品の部分なのか?。何れに認定されるかによって算定の基礎が変わり、推定額は大きく異なってくる。
例えば、甲社の発明内容が山などの斜面用の落石防止のシステムに関するもので、全体構成としては、支柱、ワイヤ、ネットなどを含んでいる。この場合に、『ネットの編み方』に特徴が存する状況で、クレームの対象は全体の一部である「落石防止用のネット」とされている場合を検討する。
侵害者乙社は、上記甲社の特許発明である「落石防止用ネット」を用いた「落石防止システム」全体を施行しており、「落石防止用ネット」のみを販売している状況はない。なお、権利者である甲社の実施もシステム全体の施行である。この場合、落石防止システム全体が「侵害の行為を組成した物」と認定されれば、102条1項の推定損害額の計算は、これに対応する「その侵害行為がなければ販売できた物」、すなわち、システム全体の単位数量当たりの利益(以下、単に「単位数量」という)を基礎として、「システム全体の単位利益」×「施行数」となる。
しかし、クレームの対象発明は、ネットの部分のみであり、ネット以外は公知技術、もしくは他の特許技術である場合、乙社側は本件特許発明である「落石防止用ネット」の「落石防止システム」全体への『寄与率』を問題とするであろう。そして、この場合『寄与率』は、損害額の算定の基礎に基づいて算出された額から100%以下の数字での減額という方向となる。<したがって、特許権者側としては、この寄与率による減額を否定するか、できるだけ高い寄与率を望む。>
次に、「侵害の行為を組成した物」が、施行された全「落石防止システム」の中の特許発明の部分である「落石防止用ネット」の部分と認定されると、算定の基礎は「落石防止用ネット」となる。しかし、まず、この「ネット」のみで算出を始めると、我が国の『寄与率』の考え方ではそれが100%を超えることはないと考えられるので、如何に「落石防止用ネット」の部分が、システム全体の施行に機能的、営業的(購買意欲増進等)に寄与していてもそれ以上額が上がらない。すなわち、「落石防止用ネット」の部分の単位数量当たりの利益(以下、「単位利益」いう)。したがって、特許発明の「落石防止用ネット」の作用的貢献度で侵害者への施行依頼がなされている状況でも「落石防止用ネット部分のみの単位利益」×「施行数」で計算されてしまうこととなる。
しかし、上記状況では、甲社の損害は、「落石防止用ネット」を用いた「落石防止システム」の施行依頼を受けられなかったことと考えられ、後者の認定の仕方では、的確な損害の推定が得られないこととなる。したがって、『寄与率』が100%を超えない概念であるとすると、「侵害の行為を組成した物」とは、特許発明を用いて実施された装置やシステム全体とするのが、102条1項の場合、妥当であると考えられる。我が国の判例も、クレームの記載対象が小さい場合でも、まず、算定の基礎、すなわち「侵害の行為を組成した物」は、実施されている大きい装置と認定されている(具体例は後述する)。
それでは、以上の状況において、クレーム記載を「落石防止用ネット」とせず、「落石防止システム」としておいた場合どうであろうか。この場合、「侵害の行為を組成した物」及び「その侵害行為がなければ販売できた物」の範囲とクレームの対象範囲が一致している場合である。この場合、『寄与率』は考慮されることなく、すなわち、100%の減額なしで損害額が推定されるであろうか。しかし、この様な場合に、『寄与率』の検討がなされないまま損害額の推定がなされると、同じ発明の本質(「ネットの編み方」)であるにも関わらず、大きい対象で記載、すなわち、特徴を有しない部分の構成まで記載しておけばそれだけで、高額の損害が推定されることとなるということになってしまう。
後述するように、実際の判例では、このような大きな対象範囲でクレームが記載され、侵害品も大きな対象物である場合でも、発明の特徴部分を考慮して『寄与率』の検討はなされており、その様な極端な不合理は回避されている。
したがって、大小何れの範囲をクレーム対象とするのが良いのか?の結論としては、結局のところ、何れのクレーム記載であっても『寄与率』の算定と適用が的確に行われれば、102条1項の損害額の推定の額には差が出ないと考えるべきである。すなわち、発明の本質が同じである限り、クレーム記載の範囲の大小によって損害額が変動しないとするのが適正な考え方である。
これは「落石防止用ネット」でクレーム記載しても、そのネットを含む「落石防止システム」でクレーム記載しても発明の本質(特徴)であるネットの編み方が、「侵害の行為を組成した物」及び「その侵害行為がなければ販売できた物」である「落石防止システム」にどのような機能的貢献をしているか、また施工依頼がなされることに如何に貢献しているかを検討するれば結果に変わりはないはずだからである。例えば、この寄与率が50%とされた場合、「落石防止システム」全体の施工数×「その侵害行為がなければ販売できた物」(「落石防止システム」)全体の単位利益×寄与率50%が推定額となる。何れのクレーム記載であっても、この計算式に何ら変わりはない。
(ロ)上述のように、我が国では、クレーム対象範囲が小さい場合でも「侵害の行為を組成した物」及び「その侵害行為がなければ販売できた物」の概念が大きなものとして捉えられるので、クレームの対象範囲を超えて損害額が推定される。この様な損害額の算定は、米国の損害額の算定における"Entiremarketvaluerule"に類似する点があるので、ここで、『寄与率』と"Entiremarketvaluerule"について検討する。
(ⅰ)まず、『寄与率』とは何の何に対するどのような内容の寄与なのか?、少なくとも、「何の」(寄与の主体)については、「特許発明」であろうが、「特許発明」とは何か?クレームに書いてある対象物全体か、クレームに記載発明の本質部分(特徴部分)か?、少なくとも我が国の裁判例では、クレームの対象物が小さく(「ノズル」)、侵害行為の対象物が大きい(「噴射装置」)場合は勿論、クレーム対象物も大きく(「噴射装置」)、侵害行為の対象物と同様のレベルであってもあっても『寄与率』の検討は行われている。このことから、考えると「何の」については、特許発明における「発明の特徴」、すなわち「発明の本質部分(特徴部分)」ということになる。そうでなければ、装置全体をクレーム記載した場合、常に、『寄与率』は100%となり、検討の必要がなくなるはずだからである。
次に、「何に対する」は、(102条1項では)特許権者の利益に対する寄与という考え方と、侵害者が実施している物や方法対する寄与と言う考え方ができると解する。そして、「どの様な寄与」かについては、まず、特許発明の本質部分が、実施されている物や方法に対してどの様な機能的寄与をしているか(Functionalrelationship)、この点は特許発明が技術的課題を解決のための機能を奏するものである以上検討しなければならないと考えられる。また、これに加えて、特許発明の本質部分が、侵害者が実施している物や方法の取引(需要)に如何に貢献しているか、すなわち、特許発明の本質部分がどのように需要の喚起を行っているかについても検討すべきであろう。
特許権が侵害されて権利者が損害を被るのは、通常は侵害者が特許品を販売したことにより経済的不利益を受る場合であるから、少なくとも後者の販売に関する需要の喚起への寄与度も重要である。そして、特許発明は技術思想であるからその需要喚起への貢献の仕方は、技術的機能を奏することによる貢献であると考えられる。したがって、『寄与率』とは、「特許発明の本質部分が、機能的な貢献や需要の喚起により特許品の販売に寄与する度合い」をいうと考える。
(ⅱ)米国法の"Entiremarketvaluerule"
  特許権の存在する部分は、侵害品とされている物の一部である場合、すなわち、「特許が全体をカバーしていないが、特許の対象部分によって侵害品全体の需要が生じていることを証明できれば、特許でカバーしていない部分も含めて全体で逸失利益の計算をすることができるというルールであり、例えば、種々存在する判例から以下の2つを紹介する。

【米国判例1】
・CAFCの判決;96-1075,-1106,-1091
・米国特許第4,781,966号
・FONARCORPORATIONおよびRAYMONDV.DAMADIAN博士(原告/被控訴人) vs.
GENERALELECTRICCOMPANYおよびDRUCKER &GENUTH,
MDS,P.C.,d/b/aSOUTHSHOREIMAGINGASSOCIATES(被告-控訴人)
・第4,781,966号特許の対象は、いわゆるMRI(磁気共鳴画像法)に用いる技術で、マルチ・アングル・オブリーク(「MAO」)画像と呼ばれ、1回のスキャンで様々な角度から患者の身体の断層画像を得るための技術である(従来は1回のスキャンでは平行画像のみ)。
・クレームの対象範囲は、MRIを使って、1回のスキャンで対象物の様々な角度からの多数の平面での「NMR(核磁気共鳴)画像データを得る方法」であった。対象物の位置設定から始まり、複数の工程を含む方法として記載されている。
○第4,781,966号特許の侵害に対する損害賠償について
・侵害者のGEの一つの主張は;
損害賠償額とされた妥当な実施料(reasonableroyaltydameges)は、クレームされた対象発明によって改良された価値に基づいて算出されたものではなく、(クレームの範囲を超えた)MRI機全体の売上に基づいてなされたもので誤っている。また、権利者FornarはMAOの特徴が機械全体に対する顧客の需要の根拠であったこと(thebasisforthecustomerdemandfortheentiremachine)を示す実質的証拠を提出していない旨主張した。
・裁判所の判断は;
特許法令35U.S.C.§284(1994)(妥当な実施料未満ではない)を引用して、 "Entiremarketvaluerule"の下では、妥当な実施料の計算において、陪審員が、告発されたMRI機全体の価値に基礎をおくことは不適切なことではない。この"Entiremarketvaluerule"は、「1つの特徴によって特許が与えられたものであっても、その特徴以外の複数の特徴を含む装置全体の価値に基づく損害賠償額を認める」ものであると判断した(PaperConveningMach.Co.対Magna-GraphicsCorp.判決、745F.2d11,22,223USPQ591,599(Fed.Cir.1984)。
そして、これは、特許を与えられた1つの特徴が、機械全体に対する顧客の需要の根拠であるときに認められる(Rite-HiteCorp.対KellyCo.判決、56F.3d1538,1549,35USPQ2d1065,1073(Fed.Cir.)(大法廷)、裁量上訴棄却、116S.Ct.184(1995)と述べている。
・この様に "Entiremarketvaluerule"は、逸失利益の計算においてだけでなく、妥当な実施料(reasonableroyaltydameges)の計算においても適用されることが明確にされ、また、その特許発明の特徴が、顧客の需要の根拠となるか否かによって判断されるものであることが示された。

【米国判例2】
・CAFC判決 03-1609
・JUICYWHIP,INC., 原告/控訴人,
    vs.
ORANGEBANG,INC.,
UNIQUEBEVERAGEDISPENSERS,INC.,
DAVIDFOX,andBRUCEBURWICK,被告/被控訴人
・DECIDED:September3,2004
・JUICYWHIP,INC.,の米国特許第5,575,405に関する事件
・クレームされた対象範囲は、飲料ディスペンサーで、濃縮ジュースと水とを最後の飲料抽出の段階で混合することを特徴とするものであり、「(容器入り)濃縮ジュース(syrup)」の部分は、クレームの構成としては、記載していない。
・地裁では、濃縮ジュースを逸失利益の対象としなかったが、その理由は、特許されたディスペンサーと濃縮ジュースとは機能的な関係を有しないこと、また、時折別々に販売され、特許に係るディスペンサーには、他の濃縮ジュースも使用できるということであり、 "Entiremarketvaluerule"を適用しなかった。
  ○しかし、CAFCでは;
  地裁は "Entiremarketvaluerule"の適用を誤ったと判断した。そして、飲料ディスペンサーと濃縮ジュースとは、1つの集合物あるいは1つの完成品を構成すると考えられると認定し、すなわち、JUICYWHIP,INC.の特許ディスペンサーの機能を発揮させるために容器入り濃縮ジュースはそのディスペンサーと共に機能していると認定し、両者の機能的な関係を肯定した。
  更に、特許ディスペンサーが他の容器入り濃縮ジュースを使用することが可能であっても、逆に、JUICYWHIP,INC.の容器入り濃縮ジュースが他のディスペンサーにも使用可能であったとしても適用は認められると判断した。それは、両者が一つの結果をもたらすために一緒に機能しており、ディスペンサーには濃縮ジュースが必要だからであると述べた。
  この様にCAFCは、特許対象の特許ディスペンサーだけでなく、別体の濃縮ジュースについてまでも、両者の機能的な関係を検討することによって逸失利益の算出の基礎にできるものとした。
  なお、この判決より前の1995年の地裁判決Rite-HIte事件(Rite-HiteCorp.v.Kelleyco..,56F.3rd AT1550)では;
  この "Entiremarketvaluerule"は、それまで伝統的には、一緒に売られていること、同じ装置の部分であることを条件にしていたが、別体の物であっても、通常一緒に売られる物、1つの機能単体(functionalunit)を構成する物であれば適用されるとの判断もなされている。
  (ⅲ)以上のように、『寄与率』が「特許発明の本質部分が、機能的な貢献や需要の喚起により特許品の販売に寄与する度合い」を意味するとすると、その適用の条件に関しては、米国の "Entiremarketvaluerule"の考え方に近いと考えられる。特に、上記米国判例1のように、クレーム対象範囲は小さいが、販売されている全体装置(「侵害の行為を組成した物」全体)の需要の根拠になっている場合には、そのクレーム対象範囲を超えて損害額の計算の対象とされることについては、上述した我が国の『寄与率』の適用に近似する。
  ただ、クレーム記載の対象範囲よりも大きな範囲で算定の基礎が設定されるという点で共通するが、大きな装置全体の金額がそのまま損害額とされるか否かには大きな差があると思われる。我が国の場合、算定の基礎が大きな装置であっても『寄与率』により、適切な何%かに減額される。また、米国判例2の様に、他の装置にも適用可能な別体の物についてまで、『寄与率』が適用されるかについては、特許権侵害による損害の推定としては否定的であろうが、通常の民法709条の要件を充たせば損害賠償の対象にはなりうると思われる。

(ハ)102条第1項における寄与率の検討は、侵害品を対象とすべきか、特許権者の製品を検討すべきか?
『寄与率』の割合を高める要因としては、例えば、その特許発明のパイオニア性や機能の重要性が考えられ、また、低下させる要因としては、その対象物に関する他の特許権の存在や公知技術、進歩性のない部分の存在(名古屋地裁、平成16(ワ)1307号)が考えられるが、そのような要因の存在は、侵害品について検討すべきなのか、特許権者の実施品について検討すべきなのか?。
  本来、102条1項は侵害品の販売数を権利者が売ることができたであろう数と擬制して、権利者における当該製品の単位利益で乗算し、逸失利益の推定を行うものとしている。したがって、「寄与率」について明文で規定されているわけではない。しかし、単に上記擬制による乗算を行っただけでは、不合理な場合がある。例えば、「侵害行為を組成した物」が全体製品で特許部分はその一部であるような場合、更に、上述したようなクレームの記載は大きな対象範囲であるが、特徴部分はその一部に過ぎないような場合である。
  同項本文の適用に当たって『寄与率』が検討される場合、2つの要素が考えられる。「侵害行為を組成した物」の販売数量に関するものと、特許権者における当該製品の単位数量当たりの利益に関するものである。すなわち、侵害品の販売数への貢献と、特許権者の利益への貢献の2つの方向で考えることができる。
  判例では、102条2項、3項については、寄与率の検討は、「侵害者の製品」の状況についての検討として行われているが、102条1項の適用では、基本的に特許製品の中における本件特許部分の「寄与」を検討している様に思われる。しかし、被告製品に着目して102条1項の寄与度の検討を行っているものもある(後述の【事例4】など)。また、侵害品、特許権者の製品と言うことを特定せず、一般的な当該分野の製品という表現で検討されているものもある。
  また、現実に、102条1項の適用において、特許権者が実施している製品が必ずしも特許発明の実施品ではない場合でも、侵害品と市場で競合する権利者製品であれば「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当するとされる場合もあり(例えば、東京高裁(6民)平成10年(ネ)2249号)、その場合、特許権者の実施品に対する検討では特許発明の貢献度の検討は困難である。
  結局、何れかが絶対的に選択されるべきものではなく、双方の平均値的な発想をしても良いのかもしれないし、何れにせよ、ケースバイケースで、特許権者の製品、侵害者製品についてそれぞれ検討し、バランスの良い寄与率の算定を行うのが理想であると考える。
また、『寄与率』は、102条1項但し書きの問題として検討される余地も有る。例えば、侵害者製品の販売数が非常に伸びたが、それは、侵害者の有する特許発明(あるいは第三者の特許発明)の機能と当該特許発明の機能との相乗効果で得られた結果であるような場合、特許権者においては、「販売することができない事情」と考えることができる。すなわち、「侵害品」について他の権利の存在等の検討を行って、特許発明の寄与度合いが低く算定された結果であり、その分を但し書きの適用によって減率するという考え方である。

2.102条2項に関して

同条第1項と同じく権利者の逸失利益の推定のための規定であり、「侵害者が侵害行為により得た利益」に基づいて計算するものであるが、多くの判例(例えば、後述のサーマルヘッド事件;下記【事例5】)では、やはり『寄与率』が考慮されている。そして、本項における寄与率の検討においては、被告の販売製品(侵害品)における特許発明寄与度、又は利用率として考慮されている。
そして、本項における推定額の算出においても、的確な『寄与率』の算出がなされることで上述の102条1項に基づく損害額の推定の場合と同じく、クレームの対象の大小の問題は額の推定に重要な影響を与えないと言う点についても同様である。

3.102条3項に関して

(イ)いわゆる実施料相当額を「損害の額としてその賠償を請求することができる」として、特許権者に実施料相当額を最低保障として認めた規定であるが、この規定に基づく損害額の決定に当たっても、特許発明の特徴部分が侵害者の取引に貢献している度合いというものがある以上、その寄与の度合いを検討するのは自然なことである。勿論、判例においても『寄与率』が検討されており(H14.10.29大阪地裁平成11(ワ)12586特許権「こんにゃく製造方法」)、これは、実際の実施契約の内容を取り決める場合、すなわち、当事者が実施料を決定する場合にも当然検討されるであろう事項であるので、同項から「通常」の文字が削除された現在においても特に、検討することに影響はないと考えられる。この場合、当事者双方の実施品または利益における特許発明の貢献度合いを検討して『寄与率』を決めるのが妥当であると考える。
なお、上記「こんにゃく製造方法」の判例では、実施料率の算定の他に特許発明の寄与についての検討を行い、『寄与率』40%と「実施料率」3%を共に乗算して算出が行われている。
このように、本項の実施料相当額の計算に当たっても適切に『寄与率』が検討されることから、本項の適用においてもクレームの対象の大小が重要な判断要素となることはないと考えられる。
(ロ)参考として、独国での特許権侵害の推定におけるいわゆる「実施許諾類推」(侵害行為について実施許諾を行ったものとして推定される)による計算において、我が国における『寄与率』の様なものが検討されているのかについて参考として検討する。
この検討については、Hans-PeterStaudt氏(欧州、独国弁理士)にご承諾頂き同氏による平成17年10月28日付け無名会研修における質問に対する回答より、抜粋翻訳して紹介させて頂く。
「実施許諾類推」における損害額の算定において、特に、侵害製品が組立品であるか又は、他の製品と結合される装置であるか、あるいは他の製品の一部としての装置である場合、何が算定の基礎としての決めてとなる部分なのか?。すなわち、特許された対象が部品である場合、部品それ自体か、それを含む組立品全体なのかを決定しなければならない。例えば、発明の特徴的構成が「座席」に存する場合、侵害品がその「座席」を備えた乗用車である場合、算定の基礎は座席それ自体か乗用車か。更に、それが、クレームの記載が、「乗用車内で使用される座席」又は「座席を有する乗用車」とされたことで違いがあるか?
これについては、当然のことながら個々の事件の具体的な状況に関係する問題であり、最終的にはその具体的状況が決めてとなるものであるが、以下にまとめるようにドイツでは判例によっていくつかの原理が構築されている。
まず、考慮されるポイントの一つは、何が取引の慣例であり、また、何が当該業界の実際の認識であると考えられているかである。例えば、組立品が通常、全体として取引されているかどうか、または、その全体の価値が特許の対象である「部分」(device)によって高められているかどうかを判断しなければならない。他の観点では、この組立品が特許された部分によって具体的に特徴づけられているかどうか、すなわち、特許された部分が組立品を強く印象づけているかどうか。更に、特許された部分、それ自体が、少なくとも、この部分の価値を決定できるように(認識できるように)に取引されているかどうかが、決め手となる。もしこの様な条件を充たさなければ、通常は特許された部分のみが算定の基礎とみなされる。座席と乗用車に関する上記の例では、「座席」の部分が算定の基礎として見なされるであろう。
次に、第2のポイントは、(上記算定の基礎が、「座席」とされた場合、「座席」についてどのような実質価格が考慮されるべきかのポイントである。乗用車の座席は、それ自体でも、例えば乗用車販売後の予備部品又は調整品として取引されるものであるが、勿論、全体の組立品、すなわち乗用車としても取引される典型的な製品である。この場合、二つの別々な価格が考慮される可能性がある。すなわち、それ自体で取引されている場合の座席のそれぞれの小売卸値と、車の集合部分の中の一つの製品として販売されている場合の座席の価格とを考慮し、それらの平均価格といういことになろう。
以上のように、独国における「実施許諾類推」の損害額の算定手法において何を算定の基礎とするかにつていの検討が行われる際、これはクレームに記載されている対象の大小範囲で決定されるものではなく、特許発明の特徴部分(本質部分)について、上述した取引の実情等における全体との関係を検討し、決定されるものであるということである。この様に独国での「実施許諾類推」の適用においても、クレームの記載対象の大小自体は額の決定に影響を与えるものではない。

4.我が国の判例

【事例1】
  H15.12.26東京地裁平成14(ワ)3237特許権侵害差止等請求事件
・<原告:略>
・<被告:略>
・特許番号:第1411643号
・発明の名称:液体充填装置におけるノズル
・クレーム対象(小):装置の一部を占める「部品」
  「雌ねじ体10にねじ合った雄ねじ部15を有しかつ下端に嵌入突縁13を有する円筒状のノズル本体12と,雌ねじ体10の下端に設けられた角筒体1と,上部に円形透孔8を有するストレーナ押え部材6によって角筒体1の内部下端に保持されたストレーナ5とよりなるノズルにおいて,雌ねじ体10の下端両側に外方開口状の一対の溝部11が設けられ,角筒体1の上端両側の内面にそれぞれ内方突出状に一対の突条3が設けられ,一対の溝部11に一対の突条3がはめ込まれ,ノズル本体12の嵌入突縁13がストレーナ押え部材6の円形透孔8にはめ込まれていることを特徴とする,液体充填装置におけるノズル。」
・被告の実施製品は「ノズル」を用いた「液体充填装置」全体である。
・損害額の計算は、特許法102条第2項(侵害者利益返還)で行われた。
・裁判所の判断;被告ノズルの被告液体充填機の販売に貢献した寄与率について
  「液体充填機」全体の販売数量、利益率等を計算し、算出された利益額について、寄与率を算出した。算出に当たっては、標準的な液体充填機が全体として機能する複数の工程を検討し、「充填ノズル」は,その内の第5工程の液体充填に関するものであること、原告において,特許に係る「角ノズル」を充填能力に結びつけて宣伝をした例はないこと等の事情を総合考慮して、本件発明に係る角ノズルの液体充填機に対する寄与率を20%とするのが相当であると認めた。
  ○クレームの対象範囲は、全体装置の一部品である「ノズル」であることは明確であったが、そのノズルを含む装置全体を被告の利益の算定の基礎とし、「ノズル」の「全体装置」に対する機能的関係と販売への貢献度の両面から考慮して『寄与率』が算出されている。20%の設定は、少なくとも、「ノズル」単品(製造原価)が占める装置全体の価格に対する割合よりも遙かに高いと考えられる。<米国における "Entiremarketvaluerule"の適用と同じ結果となっている。>
  仮に、クレームに「液体充填機」全体の構成を記載していても、本件特許発明にはノズル部分にしか特徴的構成はないので、その発明の本質部分の「液体充填機」全体の販売による利益への寄与率は上記結果と変わる要因はないと考える。

【事例1-2】
平成17年9月22日判決(知財2部)
平成17年(ネ)第100006号
上記事件(【事例1】)は、控訴審において、寄与率が20%から10%に減率されている。
液体充填機全体の工程及び構成が再検討された。その結果、ノズルの装置全体の価格に占める割合はわずかであり、ノズルを搭載することによる装置への機能的貢献も6工程或る内の1工程における機能であることからして、「10%」が相当とされた。上記事例1の地裁においても同様の要素の判断がなされてと思われるが10%の差が生じている。

【事例2】
H12.9.26大阪地裁平成08(ワ)5189特許権特許権侵害排除等請求事件
・<原告:略>
・<被告:略>
・特許番号 第1576735号
・クレーム対象(小);全体装置の中の一部の装置
「下降位置にあるパレットに、待機台上に2段積みされた牌を押板により移載し、更に該2段積みされた牌が載置されたパレットを天板に整列するように上昇してなる自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置において、
押板を横方向往復動自在に支持すると共に、単回転機構に連動しているクランク機構に連結し、またパレットを上下方向往復動自在に支持すると共に、半回転機構に連動しているクランク機構に連結し、更に押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチを配設して、半回転機構を駆動してパレットを下降し、この状態で単回転機構に基づき押板を往復動し、そして再度半回転機構を駆動してパレットを上昇するように構成した自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置。」
・クレームの対象範囲は、自動麻雀卓における「牌の移載・上昇装置」であり、「自動麻雀卓」全体ではない。
・被告による侵害行為は、「自動麻雀卓」全体の販売行為として行われた。
・原告による、本件の損害額についての主張は、特許法102条1項、2項、3項の選択的主張で行われ、それぞれの算出が行われた結果、特許法102条1項による損害額(元本)は、8174万5993円とされた。
・特許法102条1項の計算では、「自動麻雀卓」全体を基礎とし(「侵害の行為を組成した物」)、裁判所の判断は「ところで、前記イ記載の利益は、全自動麻雀卓全体の販売による利益であるところ、本件発明は、自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置に関する発明であって、証拠(甲5、乙2)と弁論の全趣旨によれば、全自動麻雀卓においては、そのほかにも牌の収容、撹拌、二段積み形成等種々の技術が集積していると考えられることからすると、特許法102条1項の「特許権者・・・・がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」は、前記イ記載の利益額に、25パーセントを乗じた額と見るのが相当である。」とした、すなわち、『寄与率』は25%とされた。
因みに、特許法102条2項によって推定される損害額については、経費を減ずると0円を下回り、特許法102条3項による損害額については、「原告の通常実施権は、一般的な通常実施権と比較すると、独占的通常実施権に近い性質を有していたと認められる。そうすると、特許法102条3項の実施料相当額を算定するに当たり、上記契約実例に従うことは相当でない。」として「原告に対し支払うべき実施料相当額は、イ号物件を具備する自動麻雀卓の売上高に対して1.5パーセントを乗じることによって得られる金額と見るのが相当である(5591万8603円となる)。」とした。
○本件も、クレームの対象は小さい部分であったが、その部分の装着された全体装置の利益計算を基礎として、特許発明による『寄与率』の考慮がなされている。仮に、「自動麻雀卓」全体の構成でクレーム記載していたとしても、発明の本質が変わらず、「牌の移載・上昇装置」の部分にのみ特徴が存する場合、適切な推定額を算出するには、『寄与率』についての検討は行われるべきであり、結局、全体装置に対して25%という結果を変動させる要因はないと考える。

【事例3】
H13.5.24東京高裁平成12(ネ)3019実用新案権損害賠償等請求控訴事件
(原審・新潟地方裁判所三条支部平成9年(ワ)第23号)
・<控訴人:略>
・<被控訴人:略>
・対象の権利;登録実用新案第2503285号
・クレーム対象範囲(大):部分ではなく物全体を対象としている
「屋根への装着部と,アングル止着部とを備え,アングル止着部を,雪止め用のアングルの水平板部を載置する載置部と,載置部上方の頂板部と,載置部と頂板部とので形成された空間の嵌入部で構成した屋根用雪止め金具に於いて,嵌入部に嵌入したアングルを載置部側に押圧するバネ板を,嵌入部内に設けてなることを特徴とする屋根用雪止め金具。」
・被告製品も屋根用雪止め金具であり、したがって、クレームの対象範囲と侵害品は大小範囲においては同一である。
・裁判所の判断:侵害者の利益額の計算(特許法102条2項)について、
「被控訴人製品(二)は,別件登録実用新案の実施品であるとはいうものの,本件考案を利用し,これにバネ板の他端部に突出部分29の構成を加えて雪止め金具の作用,機能を向上させており,これが同製品による被控訴人の利益に反映されていることは明らかである。そして,バネ板を上記突出部分のある構成とすることが従来技術(本件明細書の発明の詳細な説明の欄の【従来の技術】の項参照)の利用であることなどの諸事情を総合考慮すると,本件考案の被控訴人製品(二)についての寄与率は,50パーセントを下回るものではないものと認められる。」との判断がなされた。
○本件は、特許クレームの対象範囲が「屋根用雪止め金具」全体、被告製品も「屋根用雪止め金具」全体である。しかし、全体の利益をそのまま算出するのではなく、侵害製品における特許発明の特徴部分の作用的、機能的な貢献を考慮している。すなわち、特許発明の作用部分及び従来技術の作用部分を考慮して、50%という『寄与率』が設定されている。
この様に、全体を対象としたクレーム記載であってもその特徴部分の機能的な貢献を考慮して適切な寄与率の算出がなされている。

【事例4】
H15.3.26東京地裁平成13(ワ)3485特許権侵害差止等請求事件
・<原告:略>
・<被告:略>
・発明の名称:エアマッサージ装置など(椅子式エアーマッサージ機も有り)
・特許番号:第3012127号 (他3件省略)
・クレーム対象範囲(大):装置全体をクレーム記載している
「空気袋と,この空気袋に対してエアを給排気するエア給排気装置とからなり,前記空気袋を膨張・収縮させてマッサージを行うエアマッサージ装置であって,
上方および前後端が開放されるとともに人体の脚部を載せる1対の凹状受部を形成し,前記各凹状受部の相対向する側面には空気袋をそれぞれ配設したことを特徴とするエアマッサージ装置。」
・被告の行為:エアマッサージ装置全体の販売
・原告の『寄与率』に関する主張:
「法102条1項は排他権である特許権が侵害されたことによる逸失利益の算定に関する規定であり,原告の原告製品の販売による得べかりし利益が損害である。したがって,法102条1項には,被告製品の中で本件各発明が実施されているのがその一部か全体かということは考慮の対象にはならない。また,被告製品と本件各発明の関係をみた場合、前述のとおり,本件各発明の脚部マッサージ機能が,需要者の商品選択上極めて重要であり,この機能なくしては被告製品が市場での上位シェアを得ることができなかったことは明らかである。したがって,仮に『寄与率』や「寄与割合」という観点を考慮に入れるとしても,被告製品の市場価値に対する本件各発明の「寄与」は非常に大きいものである。」
・被告の『寄与率』に関する主張:
特許発明は、脚部に限定した技術、及び限定されたマッサージ作用に関する技術であり、原告の利益額は,相当程度の割合を乗じたものに減額されるべきである。
・裁判所の『寄与率』についての判断:
「被告は,本件発明1,3ないし5は,いずれも,作用を及ぼす部位が限定されていること,また,マッサージ作用と方法に関して限定された技術であるとし,その点を考慮すれば,被告各製品の利益に占める本件発明1,3ないし5の寄与度は低いと主張する。この点について,確かに,本件発明1,3ないし5は,脚部を対象とするものではあるが,他方,同発明は,エアマッサージ式の椅子の全体的な機能に関連し,製品の販売促進に寄与しているとものと考えられ,ごく一部分だけに関連すると評価するのは必ずしも適切ではないこと,被告各製品は,いずれも原告の有する複数の特許権を侵害していること等の諸事情を総合考慮すると,本件においては,損害額のうち,5パーセントに相当する額を減額するのが妥当である。」
○本件の場合、クレームの対象範囲は装置全体であるが、発明の特徴的部分は、その一部である。しかし、その一部の特徴と装置全体の機能との関連性と販売促進への寄与度を考慮して、95%という高い寄与率が認められた。
なお、本件は102条1項に基づく推定額算出であるが、被告各製品における特許発明の寄与度が検討されており、特許発明の機能が装置全体に関連し製品の販売に寄与している点、更に被告製品の販売促進への寄与も考慮されている。
その結果、本件は装置の中の一部のみに特徴を有するものであると考えられるが、高い寄与率が算出されている。これは、発明を多面的に捉えて複数の特許を取得していたことも影響していると思われる。したがって、本件の場合、仮に、装置の特徴の有るパーツみをクレームし、1件のみの出願で特許化を図っていたような場合を想定すると、同様の95%の寄与率の算定がなされなかった可能性はある。

【事例5】
H11.9.9京都地裁平成08(ワ)1597特許権に基づく差止等請求事件
・<原告:略>
・<被告:略>
・発明の名称:サーマルヘッド
・登録番号:2000619号
・クレーム対象範囲:大きな装置に用いられる部品ではあるが単体で取引される物(全体)「ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二層構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。」
・被告の実施製品も「サーマルヘッド」、クレームの対象範囲の大きさは同レベル
・裁判所の判断:
「一般的には、特許発明の実施品の製品全体に対する寄与度、又は利用率を考慮して、全体利益の一部を損害額として推定すべきであるということはできるが、本件特許発明は「サーマルヘッドの部品」ではなく、「サーマルヘッド」についての発明であるから、特段の事情がない限り、サーマルヘッドである被告物件の販売による利益額をもって損害と推定するに妨げない。被告の主張が、特許発明のうち要旨に相当する部分の利益をもって特許権者の損害と推定すべきであるという趣旨とすれば、特許発明が一体として一つの技術思想を形成するものであることを無視するものであって、採用の限りでない。」
寄与率は100%ということである。
○「サーマルヘッド」は、それ自体で機能するものではなく、通常はプリンタのヘッドとして選対装置の一部の機能を奏するものである。本件では、上記のように、クレームの対象も「プリンタ」ではなく、「サーマルヘッド」であり、損害の対象製品も「サーマルヘッド」である。そもそも、『寄与率』を考慮するまでもない適切な範囲でのクレームの記載がなされている。更に、侵害行為を構成した物、すなわち推定額の算定の基礎も「プリンタ」ではなく、クレーム記載の対象と同一であるので、「100%」の寄与率となったものと考えられる。
なお、紙面の都合上、上記裁判所の判断の部分は抜粋であるので省略されているが、クレームの対象がサーマルヘッドの部品ではなく、「サーマルヘッド」であるので『寄与率』による減額はないとの判断は、発明の特徴部分の機能と「サーマルヘッド」全体の機能との関係も考慮した上で行われている。無条件に100%の寄与率が設定されたわけではない。

【事例6】
H13.11.27大阪地裁平成08(ワ)4753特許権損害賠償請求事件
・<原告: 略 >
・<被告: 略 >
・発明の名称 自動ボウリングスコア装置
・特許番号 第1776216号
・特許法102条3項に基づく損害賠償
・クレームの対象範囲(大):装置全体
「各レーン毎に設けられたコンソールと、各コンソールに接続され、各コンソールとの間でデータ伝送を行うホストコンピュータと、投球後のピンの残留状態を検出する残留ピン検出手段と、を備え、前記コンソールは、前記残留ピン検出手段の検出結果からスコアを計数するスコア計数手段と、該スコア計数手段の計数結果を表示する表示器と、前記残留ピン検出手段(「検出結果」とあるのは誤記と認める。)の検出結果に応じて前記表示器に所定期間だけ別の遊戯を表示する遊戯表示手段と、該遊戯表示手段により表示された遊戯の遊戯結果をプレミアムデータとして自動的に投球者毎に記憶するプレミアムデータ記憶手段と、を備え、前記ホストコンピュータは、投球者に対するプレミアムサービスを提供するために前記プレミアムデータ記憶手段に記憶されている各コンソール毎のプレミアムデータを所定のタイミングに読み出して集計する手段を備えることを特徴とする、自動ボウリングスコア装置。」
・被告の販売行為も、自動ボウリングスコア装置全体
・原告の主張
「各物件における本件発明の利用率ないし寄与度(一般的な実施料率を修正する要素としての製品の市場性(販売力)の増強度及び販売利益に対する寄与度の趣旨)は、いずれも20%を下らない。」
・被告の主張
「イ号物件について、本件発明は、全体の価格中10%を構成するソフトウェアのうち、五つの機能(①自動ボウリングスコア装置としての基本的部分、②ボウリング大会管理部分、③会員管理部分、④売上管理部分、⑤マスター管理部分)中の①のうちの更に付加的な機能であるゲーム機能にかかわるものであるから、その位置付けは極めて低い」また、「ゲーム機能としても、ラッキーフレーム、パーフェクトチャレンジ、ルーレットゲームという三つのゲームのうちの一つにすぎない。」「本件発明に係るルーレットゲームの顧客吸引力も低かった。」「その利用率(寄与度)は0%である。」
・裁判所の判断
「自動ボウリングスコア装置に付加的な機能を追加するものであるから、損害の算定に当たっては、本件発明が自動ボウリングスコア装置全体に占める利用率ないし寄与度(原告が主張するような実施料率の修正要素としての意義をもつものとしての、製品の市場性の増強度や販売利益に対する寄与度)を考慮すべきである。」とし、「本件発明が、全体の価格中約10%を構成するソフトウェアのうち、五つの機能中の一つの、しかも、基本的機能ではない付加価値的機能にかかわるものであり、さらに、ゲーム機能としてもゲーム三つのうちの一つにすぎないとしても」、被告におけるソフト面の重要性の認識や当業者の認識を考慮し、また、被告の本件発明に係るルーレットゲームの顧客吸引力に着眼した広告を行っていた状況等を総合的に考慮して、「本件発明の利用率(寄与度)は、システム全体の単なる価格割合や機能比率にとどまるものとはいえず、10%をもって相当と認める。」とした。
○本件は、102条3項に係る実施料相当額の算出において、寄与率が検討されており、被告の製品における特許発明の機能的な位置付け、更に、被告の認識や宣伝行為等を考慮した総合的観点からの『寄与率』の算定が行われている。
クレームの記載は、自動ボウリングスコア装置全体であり、侵害品も自動ボウリングスコア装置全体であるが、原告は20%の寄与率を主張している。これは、通常、実施料の設定においては、装置の一部にしか特徴がない場合には、当事者が装置全体の価値を基礎とした実施料の設定を行うものではないので、当然の判断ではある。なお、本件もクレームの記載が全体装置であっても、特許発明の特徴部分に着目して的確な寄与率を算定が試みられたものであり、やはり、実施料相当額の算定においてもクレーム記載の大小による変動はないと考えるべき好例であると思われる。

Ⅲ.まとめ

上記【事例1】及び【事例2】は、全体装置ではなく一部をクレーム記載していた事例で、『寄与率』はそれぞれ20%、25%であり、【事例3】、【事例4】及び【事例6】は全体装置をクレーム記載していた事例で、『寄与率』はそれぞれ50%と95%、20%である。そして、【事例5】は部品的な性格を有する物であるが、独立して流通し、その全体がクレーム記載されていた。そして、損害行為を組成した物も全体物であるが、『寄与率』は100%であった。
これらの事例だけの判断から完全な傾向は導かれないが、少なくとも、装置全体のクレームの方が、装置の一部のクレームより損害額が高くなるという明らかな傾向はないと思われる。【事例4】は1つの発明の本質に対して、複数の多面的な特許が存在していることに加えて、装置全体への機能的貢献も大きいことから高い寄与率となったものであり、クレーの記載が装置全体であったことから直ちに高い寄与率が出されたとは言えないであろう。
上述のように、結局のところクレームの記載の対象を大きく設定するか、小さく設定するかのみによって、損害額が変動すると考えるのは誤りである。すなわち、『寄与率』というものを適正に検討することによって、特許発明、すなわちクレームに記載されている発明の特徴的部分(本質的部分)の侵害品や特許権者の実施品における機能的貢献、需要喚起への貢献等が明らかにすることができる。したがって、発明の本質が共通であれば大小何れのクレームでも損害額には差が出ないと考えられる。
しかし、一部の部品にのみ特徴が有る場合でも装置全体をクレームの対象として記載すれば、少なくともまず、発明は全体に関するものであるとの主張が可能であり、その後、発明の本質が考慮され、『寄与率』が設定され、侵害品である装置全体の利益からから減額される過程を取る(大きい額から減額される)ことができるから有利であるとも考えられる。しかし、「部品」をクレーム記載していても、「侵害行為を組成した物」、「その侵害行為がなければ販売できた物」は全体装置が対象にされるので、結局、全体装置に対する発明の本質の貢献度という点を主張することには変わりがない。
なお、全体装置やシステム等の大きな対象をクレーム記載している場合、部品のみの実施行為に対して間接侵害の要件を立証しなければならないという点も冒頭頁に述べたが、間接侵害の要件が緩和されたことにより、不利点ではなくなったとも考えられ、少なくとも、大きなクレームを記載すること自体にも不利な事項はなさそうではある。
結論として、このクレームの対象の大小の選択の問題についても、一般論で検討してもあまり意味のないことであり、クレームを作成する際に、その発明の対象がどの様な形態で取引されているのか(常に組み合わされての販売か単独での販売か)、一部である場合の全体への機能的影響、更には、その発明対象の汎用性の度合い、更には、パイオニア性等を総合的に勘案して妥当な大きさを選択すべきである。
Ⅳ.最後に
このレポートに関して、日本の判例選出に関するご教示を頂いた松下正先生、渡部温先生、米国情報を頂いた奥山尚一先生、米国弁護士Mr.LanceW.Chandler先生、「寄与率」に関するアドバイスを頂いた奥川勝利先生の皆様に本紙面をお借りして御礼申し上げます。

以上

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